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佐渡にこいっちゃBLOG

北一輝と湊いっき(その1)

Posted by あらきやすし - 2014年10月28日

湊いっき

「北一輝(きた いっき)」

明治から昭和初期にかけて活動した思想家です。昭和12年に発生した「二・二六事件」で、事件には一切関与していないにも拘らず、事件を起こした青年将校達の“理論的指導者”とされ、死刑となった人物です。

歴史の授業でも、「二・二六事件」が取り上げられる際に北一輝の名前も登場するので、「よく分からないけど、名前は聞いたことある」という人も多いかと思います。(かく言う僕も、その一人でした)

この北一輝、実は佐渡・両津湊の出身です。そんな両津湊で9月28日、「湊いっき」なるお祭りが開催されました。

まだ10時過ぎ・・・人はまばら

まだ10時過ぎ・・・人はまばら

さわやかな秋晴れ・・・と言うか、9月下旬とは思えない程暖かくなりました。(むしろ暑い)時間はまだ10時半前。まだ人はまばらです。

両津湊とは、両津港ターミナルより南側の地区になります。もともと「湊」と「夷」という、二つの港(津)が一つになった事から「両津」という地名が生まれました。湊の商店街は、昭和の風情がそのまま残っています。

「姐樽」の皆さんによる「樽太鼓」

「姐樽」の皆さんによる「樽太鼓」

しかし、賑やかな太鼓の音が聞えてきます。「姐樽」の皆さんによる樽太鼓。両津湊のすぐ近く 住吉出身の女性たちが結成した樽太鼓のグループです。

消火体験コーナー

消火体験コーナー

消防車も登場、ちびっ子向けに、消火体験や消防服を着ての記念撮影なんかやってます。地元の商店街のお祭りって感じです。なんかほのぼのとしていて、ほっとする感じです。

石焼き芋 1本200円!

石焼き芋 1本200円!

11時を過ぎると、だんだん人も増えてきました。佐渡ならでは、地元産の野菜や食材も売られています。・・・石焼き芋、1本200円、これちょっと安いですね。しかし、この日は10月目前とは思えない程・・・暖かい。

流しそうめん!

流しそうめん!

なんと、この陽気を予期していたのか、流しそうめんをやってました。こちらは子供達に大人気の様子。

そして、またまた賑やかな太鼓の音が聞えてきました。そう、佐渡と言えば鬼太鼓です。

子供鬼太鼓

子供鬼太鼓

行って見ると、地元・湊の子供達による 勇壮な鬼太鼓です。「鬼太鼓」は、各地区毎に伝わる伝統芸能。子供の頃からこうして伝承されて行くのでしょうか。「もっと腰を下ろせ!」と厳しい声を浴びせられながら、一生懸命演舞しています。

さて、「湊いっき」と銘打ってる訳ですから、忘れてはいけないのが「北一輝」です。実は北一輝の生家も、この商店街に面しています。と言う訳で、やってきました「北一輝の生家」です。

北一輝の生家

北一輝の生家

(次回に続く)

[北一輝と湊いっき(その1)]へのコメントはこちらから

あれ、大野亀頂上に善宝寺?

Posted by あらきやすし - 2012年6月5日
頂上にある石塔

頂上にある石塔

昨日のブログで書きました、大野亀の頂上にある石塔ですが、佐渡観光協会さんのサイトには

標高167メートルの一枚岩が海に突き出しているその姿はまさに圧巻。頂上には善宝寺石塔があり、外海府の全貌を一望できます。初夏のトビシマカンゾウ、岩を彩る岩百合は険しい風景の中に華やかさを添えてくれます。

と記載されています。あれ、でも大野亀の入口には鳥居がありましたよね。なのにお寺・・・?まぁ、この辺は江戸時代の神仏融合の名残かもしれませんが。

そういえば「善宝寺」どこかで聞いたことあるような。そうそう、津神島公園です。ここに「善宝寺」があります。

津神島公園の善宝寺

津神島公園の善宝寺

この建物は明治18年に私設の灯台として建てられたもので、1階部分に「海上安全・大漁満足を祈願して善宝寺をまつりと案内板に記載されています。「善宝寺」で検索してみると、同じな前のお寺が全国にたくさんある事が分ります。中でも山形県鶴岡にある善宝寺が大きく有名なようです。

沢根篭町善宝寺-佐渡市の文化財(佐渡市世界遺産推進課さん)
http://www.city.sado.niigata.jp/sadobunka/k/c/city07.htm

こちらの佐渡市さんのページには、沢根にある善宝寺についての解説が掲載されています。

漁業の盛んであった頃には、この地区だけでも30隻に余る漁船があり、海上の安全と大漁を祈る善宝寺信仰が大変厚かったようです。

なるほど、善宝寺は海上の安全と大漁祈願のご利益があるお寺のようですね。それで海に突き出た大野亀にも善宝寺を奉っていたんでしょう。探せば佐渡にももっとたくさん、善宝寺があるかもしれません。

[あれ、大野亀頂上に善宝寺?]へのコメントはこちらから

歴史好きの皆さん、真野御陵(火葬塚)も要チェックです。

Posted by あらきやすし - 2012年6月3日

佐渡は「流刑の地」というイメージを持ってる方も多いかと思います。

確かに佐渡は中世(江戸時代以前)まで流刑地とされてきました。しかし、佐渡に流されたのは朝廷の中でも位の高い人物や高僧達がほとんどでした。

中でも有名なのが、承久の乱を起した順徳上皇です。鎌倉時代後期、鎌倉幕府倒幕を目指し決起した順徳上皇ですが、倒幕に失敗し佐渡へ流されてしまいました。

真野御陵

真野御陵

その後も帰京を夢見続けた順徳上皇でしたが、その願い敵わず佐渡で生涯を終えました。

順徳上皇の御陵は京に造られました。佐渡には火葬塚が造られましたが、地元の方々が御陵として大切に守っていたことから、現在でも『真野御陵』として残っています。

また真野を中心とした佐渡の各地には、順徳上皇ゆかりの地が多数あります。歴史好きな皆さん、佐渡へ順徳上皇の足跡を辿ってみてはいかがでしょうか?

[歴史好きの皆さん、真野御陵(火葬塚)も要チェックです。]へのコメントはこちらから

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